So-net無料ブログ作成

立川~佐多岬 自転車ツーリング [太平洋岸自転車の旅]

自転車で佐多岬 (さたみさき)に到達。
立川~佐多岬間、約1780km (=陸路のみ、航路は含まず) を完走した。


31.jpg
北緯31度線の標識の下でバテるtak


route_sata.gif
立川~佐多岬 走ったコース



ちょっと休暇をとって、九州に行ってきた。
で、前回の終了地点である宮崎駅から自転車で走り始め、
12月18日土曜日の午後3時、九州の最南端である佐多岬に到達した。
立川から佐多岬まで太平洋岸沿いに、自転車で走る旅のゴールであった。

なぜ、今回の旅のゴールが、佐多岬なのか。

やや、個人的な話となって恐縮なのだが、ここで少しだけ、
今回の旅の動機について、書かせていただこうと思う。
(ご興味がない方は、ここまでジャンプしてください)



2007年4月26日のことである。
私は新聞を読んでいて、大隅半島の最南部にある佐多岬ロードパークが
無料開放され、南大隅町の町道になるとともに、自転車も通行できるように
なったことを知った。その記事を目にしたとき、私はあることを思い出していた。

もう時効だから、書いてもいいと思うけど、
私は佐多岬ロードパークを、自転車で走ったことがある。
無料開放される前、佐多岬ロードパークは私企業が所有する自動車専用道路で、
夜間は閉鎖されるうえ、自転車と歩行者は通行することができなかった。
詳しい事情は、私もよく知らないのだが、
このあたりの土地は、その企業が所有する私有地であり、
佐多岬ロードパークは巨大な私道、という位置づけであったらしい。
とにかく、そのような事情により、歩行者と自転車は、
合法的には佐多岬に行くことはできなかった。
が、前述のように、私はここを自転車で走ったことがあるのだ。


話はいきなり、私が大学3年生のときにとぶ。
夏休みに南九州を旅行した私は、自転車で佐多岬をめざしていた。
東京から大阪までは、東海道本線の普通列車で輪行し、
大阪から鹿児島までは、フェリーで渡った。
いつものように、行きあたりばったりの旅であった。
途中、大根占 (おおねじめ)に泊まり、次の日の午後遅く、
私は佐多岬ロードパークの入り口に、たどり着いた。
そこで初めて、この道は自転車が通行できないということを知った。
致命的な迂闊であった。

観光ガイドブックなどには、佐多岬ロードパークは自転車と歩行者が通れない、
などとは、一言も書いていなかった。
そもそも、こんなところまで、徒歩とか自転車で来るやつなどいない。
そういう認識だったのだろう。
とにかく、自転車では佐多岬に行けないことを知って、私は落胆した。
が、案外冷静であり、
「じゃあ、明日の朝8時に出る路線バスで、佐多岬に行こう。」
と思って、そこからほど近い、大泊 (おおどまり)キャンプ場に向かったのであった。

そこには、2人の自転車乗りの先客がいた。
ひとりは明治大学、もうひとりは、中央大学の学生であった。
私は立教大学の学生だったので、すぐに仲良くなった。

ちなみに、MARCHの学生同士って、
すぐに仲良くなるよね。


また、MARCHの学生は、他の大学の学生とも、すぐに仲良くなる。
ていうか、行ってる大学なんかに、こだわらないやつが多い。
(だから、MARCHなんだけどね...)
おそらく、関西の関関同立の学生も、同様だろう。
「自分は、決してエリートではない。
そこそこの人間である。」

そういう意識をもつことは、より多くの人と仲良くやっていくためには、
必要なことなのではないか。
これまで、54年間生きてきて、私はつくづく、そう思う。

よくないのは、中途半端に挫折したにもかかわらず、
根拠のない自信を持っている人。
「自分の実力は、本当はトップクラスなのだけど、たまたま受験に
失敗したから、実力に見合った学校に行けなかったのだ。」とか、
「自分は優秀な人間なのだけど、周囲がそれを理解できないから、
実力相応の評価をされていない。」とか、そういうことを考えている人である。
そういう人にとっては、周囲にいる人がみんな、バカに見えるらしい。

ま、周囲がバカに見えるだけなら、それでもいい。けど、
「自分がリーダーとなって、周囲のバカどもを統率しなければ!」とか、
「自分がバカどもに、正しい知識を教えてやらねば!」みたいな、
変な義務感を持つようになると、話がややこしくなってくる。
そういった根拠のない自信を持っている人というのは、
たしかに高い知能とか、非凡な才能を持っていることが多い。
けれども、努力することが嫌いだから、結果を出せないのである。

ま、とにかく、この社会のなかで、より多くの人たちと仲良くなり、
有意義な人生を送るためには、変なエリート意識や根拠のない自信なんか
持たずに、常に謙虚さと、相手に対する敬意を忘れないことであろう。

すみません。話が脱線しました。
m(_ _)m


で、大泊キャンプ場に集まった3人のバカ、自転車乗りたちは、
その夜、ビールで乾杯し、大いに盛り上がったのであった。
そして、夜も更けた午後10時ごろ、ひとりが、
「さて、じゃ、そろそろ行くか。」
と言って、立ち上がった。もうひとりも、
「そうだね。そろそろ行くか。」
と応じて、立ち上がった。
私は驚いて、「行くかって、どこへ?」と聞き返す。
すると、ふたりは笑いながら、
「決まっているじゃないか。」
と言う。ワケがわからないまま、私は彼らに、自転車にバッテリーライトを付け、
サイドバッグをはずすように指示された。そして、
「ついておいでよ。」
と言われた。

そこから先は、現在、多くの自転車乗りたちが、Blogやホームページに
書いているとおりである。大泊キャンプ場から、急な坂道を登っていくと、
佐多岬ロードパークに出る。そして、こんどは急な坂道を下り、
さらに登ると、第2ゲートがある。そこは、夜間は閉鎖されており、
自転車は、そこで行く手を遮られる。
だが、私たちは、まず、ひとりがゲートを乗り越え、
手前がわに残ったふたりが、自転車を1台ずつ
持ち上げ、受け渡しした。

そして、3台の自転車を、ゲートの向こうがわに移すことに成功した。
サイドバッグを外したのは、この作業をやりやすくするためだったのだ。

これまでに、何人の自転車乗りたちが、こうして、このゲートを越えたのだろう。
不法侵入にあたる行為であるが、若さゆえか、それほどの罪悪感はなかったな。
さらに2kmほど走って、午後11時ごろ、私たちは、ついに佐多岬の駐車場に着いた。
真っ暗だったけど、バッテリーライトを頼りにベンチを探してすわった。
私たち3人は、そこに夜明けまでいて、日の出を見たのであった。

帰りは、同じようにして、ゲートを越えた。
大泊キャンプ場に戻る途中、佐多岬ロードパークと書いた軽トラックとすれ違った。
けど、珍しくもないのか、とくに止められることはなかったな。
朝、キャンプ場に戻った私たちは、ぐっすりと眠った。
昼ごろ、テントをたたんで出発。大根占までいっしょに走った。
そして、「じゃ、いい旅を。」と言いあって、そこで別れた。
お互いに名前も聞いておらず、彼らとは、それっきりである。
1978年の夏のことであった。

あれから30年。
佐多岬ロードパークが無料開放された、という新聞記事を目にしたとき、
私は、そんなことを思い出した。そして、次の瞬間、
「もう一度、自転車で、あそこに行ってみよう。」と決めたのである。




2010年12月18日土曜日。
前夜、内之浦町の岸良 (きしら)に泊まった私は、
国道448号線、鹿児島県道68号線、鹿児島県道74号線を経由して、
午後2時ごろ、佐多岬ロードパークの入り口に着いた。
前述のように、佐多岬ロードパークには、かなりのアップダウンがある。
勾配は概ね、5~10%の範囲である。
決してラクとはいえないが、きついというほどでもない。
54才の私にとっては、前のチェーンリング32T、後ろのスプロケット27Tまでは
使ったけど、それ以上、低いギアは必要なかったな。

gate1.jpg
佐多岬ロードパーク入り口

半潜水型水中展望船の「さたでい号」の発着所をすぎると、
懐かしい第2ゲートがあった。30年前、3人で自転車を受け渡しして、
越えたゲートである。
現在は、ここに料金所があり、おばちゃんに500円を徴収される。
おばちゃんは、さらに、
「自転車で行けるのは、駐車場までですよ。そこから先は遊歩道ですから、
自転車が入ることはできませんからね。」
と、私に対して念をおした。私は、
「いえ、私は決して、不法な行為はしたことは
ありませんし、するつもりもありませんから。」
と答えた。

はい、みなさん、せーの  ウソつけ!
(^◇^;ゞ

gate2.jpg
なつかしい第2ゲート

第2ゲートを通り過ぎて、さらに走り始める。
すると、ブホッブホッ、という声がした。
声がした方向を見ると、イノシシがいた。
つながれてはいない。
が、野生のイノシシがまっ昼間、こんなところまで出てくるわけはないから、
このイノシシは、ここで飼われているにちがいない。
自転車をとめて、写真を撮っていたら、イノシシは私の方を見た。
飼われているイノシシとはいえ、怒って突進してくるかもしれないので、
早々に立ち去った。

それにしても、イノシシの放し飼いというのは、
初めて見たなあ。


wild.jpg
イノシシの放し飼い?

さらに登ると、北緯31度線の標識がある。
ちなみに、現在は測地系がWGS 84に変わっているので、
31度線は、ここではない。
ここから400メートルほど、南にずれており、
駐車場の手前、約200メートルの地点になる。
そのことは、GPSを持っていれば、一発でわかるのだけど、
まあ、こまかいことは言うまい。
標識の前で、記念写真をとる。

map_31.gif
北緯31度線標識の位置と現在の北緯31度線

さらにすすむと、駐車場がある。
おばちゃんに言われたように、自転車で行けるのは、そこまでである。
2010年12月18日土曜日 午後3時18分。
太平洋岸自転車の旅 (約1780km)が終わった。

cape_sata2.jpg
佐多岬にて


駐車場に自転車を置いて、歩いてトンネルを抜け、奥の遊歩道まですすむ。
風景は30年前と、ほとんど変わっていない。
30年のあいだに、私自身には、いろいろなことがあった。
が、佐多岬の風景は、ほとんど変わらない。
生きて死ぬということは、ほとんど意味のないことのように感じられる。
でも、逆に言うと、つまらないことで悩まなくてもいい、と開き直ることもできる。
ここに来るたびに、そんなことを思うのである。
展望台から見る海は、あいかわらず透明度が高く、美しかった。

cape_sata1.jpg
佐多岬灯台



ということで、今回の記事のまとめであるが、
50才を超えても、東京から佐多岬まで
自転車で走ることは、十分に可能である。

以上。




ちなみに、今回の私の旅をまとめると、以下のようになる。

太平洋岸自転車の旅 (立川~佐多岬 1780km)
立川→鎌倉間 約75km
※何回か行ったことがあるが、直近は2010年7月10日

鎌倉→小田原 約40km
2008年6月21日
2008_june.jpg
湘南大橋にて

小田原→沼津 約49km
2010年5月22日

2010_may.jpg
国道1号線最高地点にて
沼津→焼津 約102km
2010年6月5日

2010_June.jpg
JR焼津駅にて
焼津→島田 約16km
1978年5月
島田→浜松 約110km
2005年6月25~26日

2005_june.jpg
遠州灘海浜公園にて
浜松→鵜方 約186km 
2007年9月23~25日

2007_Sep.jpg
太平洋岸自転車道 (伊良湖区間)にて
鵜方→紀伊勝浦 約176km
2007年12月28日~30日

2007DEC.jpg
那智海岸にて
紀伊勝浦→和歌山  約210km
2008年12月26日~28日

2008_waka.jpg
JR和歌山駅にて
和歌山→高知 約230km
2009年12月17日~20日

2009_harimaya.jpg
はりまや橋にて
高知~宮崎 約402km
2010年10月3日~6日

2010_oct2.jpg
JR宮崎駅にて
宮崎~佐多岬 約228km
2010年12月16日~18日

2010dec_.jpg
北緯31度線標識にて



共通テーマ:旅行