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この夏の思い出、伊賀鉄道のこと [旅情報]

この夏、伊賀鉄道をみた。


iga_rail.jpg
伊賀鉄道の電車


東京では、このところ、ずいぶんと涼しくなった。
もちろん、これは一時的なもので、
また、残暑がきびしくなるのだろうけど。

それにしても、今年の夏はどこにも出かけなかったなあ。
私の場合、毎年、夏になると仕事が忙しくなるから、
仕方がないんだけどね。

唯一、自由な時間だったのは、7月の末に大阪と名古屋に
出張に行ったとき。
1日めは大阪で、2件の訪問をこなし、午後遅くまで仕事。
2日めは名古屋で、午後2時に伏見にある会社に訪問する
という予定であった。

ということで、2日めの午前中は、まるまる空いてしまった。
ビジネスマンとしては、あまりほめられたことではないが、
相手にも都合というものがあるのだから、仕方がない。
こういう場合、ふつうのビジネスマンなら、1日めの夜に新幹線で
名古屋に移動し、名古屋駅周辺で宿泊。2日めの仕事に備える、
というパターンだろう。
けれど、私は1日めに大阪に泊まり、2日めの午前中、
近鉄を使って移動した。交通費の節約と、
すこしは気分転換になるかな、と思って。wwwwwwww


大阪上本町(おおさかうえほんまち)を出た快速急行は、
途中、伊賀神戸(いがかんべ)という駅を通る。
ここから、伊賀鉄道が出ている。

伊賀鉄道は、近鉄大阪線の伊賀神戸から、
関西本線の伊賀上野をむすぶローカル鉄道で、
もともとは、近鉄伊賀線であった。
赤字であったことから、伊賀市など、周辺の自治体からの
援助を得るため、2007年10月1日に近鉄から独立し、
伊賀鉄道となったのだ。

私は子どものころ、夏休みになると、実家のある尾鷲に行くため、
上本町(当時、現在は大阪上本町)から松阪(まつさか)まで、
よく近鉄に乗ったのだが、この伊賀神戸に着くと、きまって、
古くて赤い電車が伊賀線のホームで待っていたのを覚えている。

moni5181.jpg
当時、近鉄伊賀線を走っていたモニ5181形

出所:近鉄Webページ「近鉄資料館」 
http://www.kintetsu.jp/kouhou/museum.html
※先頭車両のドア配置が変則的なのは、荷物室があるからである。


こういってはなんだけど、当時の伊賀神戸は
さびしい駅で、周囲にはなにもなかった。
また、終点の伊賀上野駅も、これまた、さびしいところだった。
当時、関西本線には「かすが」という急行が走っていたものの、
本線とは名ばかりのローカル線だったし。

ということで、伊賀鉄道(当時は近鉄伊賀線)は、
さびしいところから、さびしいところを結ぶという、
子どもの頃の私にとっては、ナゾの鉄道であった。
同じ三重県といっても、尾鷲のある南紀地方と
このあたりの伊賀地方は、まったくといっていいほど、
つながりはないから、まあ、どうでもよかったけど。

その伊賀鉄道を、ひさしぶりに見た。

いまの伊賀鉄道は、当時にくらべると考えられないくらい、
リニューアルされており、きれいにラッピングがされた電車
がとまっていた。
絵は、どこかで見たことがある。
私は知らなかったのだが、漫画家である松本零士氏のデザインによる
忍者電車なのであった。観光客を集める方策なのかもしれない。

SE55切り抜き.jpg
忍者電車(200系)  出所:伊賀鉄道


伊賀鉄道の株式は、近鉄が98%、伊賀市が2%を保有している。
2007年度から2016年度までの10年間は、伊賀市は、
年間最大約0.6億円、もしくは赤字額の半額を支援する。
赤字額の残りは近鉄等が負担することになっている。
しかしながら、伊賀鉄道は設立以来、毎年、約3億円の赤字を
出し続けており、2017年度以降の支援額については、
関係者間(近鉄および伊賀市など)で、改めて協議することに
なっている。

正直いって、先行きがヒジョーに厳しい伊賀鉄道なのであるが、
この日も、元気に走っていた。
なんとか、一日も長く、走り続けてほしいものである。

忍者電車の出発を見送り、再び、大阪線の列車に乗る。
伊勢中川からは、名古屋行きの特急に乗った。


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