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しくじり先生 <自転車編> [ひとりごと]

前回に続き、しくじり先生 <自転車編>である。


しくじり.jpg
出所:TV朝日   LINEスタンプ(フリーダウンロード)


前回の記事、しくじり先生 <オートバイ編>は
一部の読者には、好評であったようだ。
ということで、今回はしくじり先生 <自転車編>
を書くことにする。

現在の私は、自転車のツーリングにおいても、
いつも、ひとりで走っている。
けれども、べつに人間嫌いというわけではなく、
気の合う仲間がいれば、いっしょに走ってもいい、
と思っているのだが、なかなか、そういう機会に
めぐまれない。
やはり、第三者からみると、しくじっている
と思われても仕方がないといえよう。

なぜ、私は自転車においても、しくじって
しまったのか。それをふりかえってみたい。
ただし、前回の<オートバイ編>よりも、
若干、内容が深く、難解であるかもしれないことを
あらかじめお断りしておく。

それでは、授業スタートである。


最初のツーリングが楽しすぎた

私がはじめて自転車でツーリングをしたのは、
約40年前に遡る。当時、私は大学生であり、
旅行が趣味であった。

2年生の夏休みに、旅行に出ようと思ったのだが、
お金がまったくなかった。こういう場合、多くの人は、
休み前にアルバイトをして、旅費をためるのであろう。
私は、どうも、そういった計画的な生き方が
できない
。ていうか、苦手なのである。

それでも、旅に出たかった。
ということで、私は自転車の後ろにテントと
シュラフを積み、吉祥寺のアパートを出た。
自転車は、ふつうのママチャリであった。
しかしながら、中学・高校時代を通じてバスケット
ボールで鍛えた脚力により、なんとか、長距離を
走ることができた。

私は神奈川県、静岡県を過ぎ、3日めの午後、
豊橋まで、たどり着いた。
このツーリングは、まことに楽しかった。
いまでも、忘れることができない。
とりわけ、浜松の中田島砂丘で見た海が、
とてもきれいだったことは、強く印象に残っている。

そして、この旅により、私は自転車を使えば、
交通費と宿泊費をほとんどかけずに
旅行ができるということを知ったのであった。
私はここで、大きな間違いをしてしまったといえよう。

では、次のページ。


長距離の旅行にチャレンジした

大学3年生の夏休みであった。
私は旅行用の自転車(ランドナー)を購入し、輪行袋に入れて、
東海道本線を大阪まで乗り、さらに大阪南港から鹿児島まで、
フェリーに乗った。そして、鹿児島港で自転車を組み立て、
本土最南端の佐多岬まで走ったのであった。

自宅から自転車で走ると、あまり遠くまで行けない。
けれども、自転車を分解して、目的地の近くまで
列車やフェリーで運べば、もっと遠くまで
行くことができる、ということを、私は覚えたのであった。
私はここでも、大きな間違いをしてしまったのであった。

では、次のページ。



50代になり、また自転車に乗り始めた

大学を卒業して、私は社会人となった。
私はギターや自転車(ランドナー)を処分し、
趣味の世界から足を洗った。
そして、同世代の多くの者と同様、
まじめに働き、結婚して子どもをつくって、
年老いていく、という道を選んだのである。

要するに、降りてしまったのである。

降りてしまったのが、単に自転車だけなのか、
あるいは人生そのものなのかは、
いまだにはっきりしない。

その後の私の人生であるが、自由に生きたい、と
切望していながら、自由に生きることができた時間は、
きわめて短い。
私は月曜から金曜日まで、毎日、遅くまで会社に残り、
土曜日、日曜日は、月曜日の朝いちの会議に使う
ための資料づくりに追われた。たまに、時間があると、
上司との接待に付き合わされた。

これは、私と同じ世代の方々にとっては、
みんな同じではないかと思われる。

というのは、私たちの世代の大学進学率は40%を
超えている。これは、すぐ上の団塊の世代の
大学進学率が15%くらいであるのと、大きく異っている。
しかも、1学年の人数は、いまの子どもたちの倍くらい、
いるのである。ということで、みんな、ものすごく激しい
競争を勝ち抜かなければ、生きていけなかったのである。

私らの世代は、ふつうに勉強ができる人は、たいがい
大学に行ったし、それがみんな、ホワイトカラーをめざした。
当然のことながら、会社にそんなにたくさんの
ホワイトカラーはいらない。だから、どんどん脱落していく。

まあ、なんだってそうだけど、覚悟を決めて落ちてしまえば、
案外、ラクな世界なのかもしれないけど、私たちの世代は
下に落とされるのが怖かった。ということで、みんな、毎日、
必死で働いたのであった。

しかしながら、私は50代になって、また、
自転車に乗り始めた。

このときの心境については、正直いって、説明しづらい。
ま、すこしだけ自由になりたかった
とだけ、言っておく。

私は安物のクロスバイクを、ドロップハンドルに改造して、
週末に自転車での小旅行を楽しんでいた。

はい、次のページ。


グループツーリングに参加した

そんなある時、私のブログを読んでおられるという方から、
「いっしょに走りませんか。」というお誘いをうけた。
私は少し考えたけど、とりあえず、参加してみることにした。

集まった方々が乗っている自転車の多くは、
20万円を超えるロードスポーツ車と、
ミニベロといわれる高級な小径車であった。
さらに、みんなカラフルな自転車ウェアを着ている。
そんな場に、安物のクロスバイクを改造した旅行用の
自転車に乗り、しかも、ふつうの運動用ジャージを着て
あらわれた私は、あきらかに場違いであった。
みんな、ゴミでも見るような目で、私を見た。

一方の私は私で、少々、あきれていたのである。
長年、自転車に乗っておられる方なら、わかってくださる
と思うけど、自転車用ウェア(ジャージとかレーパン)なんて、
ふつうに自転車に乗っている人にとっては、
まず、必要のないものである。
あれは、あくまでも競技をする人たち
着るものであり、むしろ、ふつうの人が着ると恥ずかしい。

集まった人たちが、自転車競技をやっているわけ
ではないことは、脚を見れば一目瞭然だし、
あるいは、趣味でレースに参加している人もいる
のかもしれないが、勝てる水準に達していないことは
明らかであった。

ま、とにかく、昨日、今日、自転車に乗り始めた
人たちが、揃いも揃ってジャージにレーパンを
着ているのに、私はあきれてしまったのであった。

午前中、15kmほど走って、昼食。
「え?、もうメシを食うのかよ。」
と思ったけど、私はだまっていた。

結局、私は午前中のみ参加して、
「すみません。昼からはひとりで走りたいので、」
ここで失礼します。」
と言って、別れた。
参加者は、やっかいな人がいなくなったので、
ほっとしていたようだ。

ということで、私はしくじってしまったのである。
読者の方々は、私がやってしまった大きな間違いに
お気づきになられたであろうか。

では、次のページ。


なんでも、かたちからはいる

ここで、現在の自転車の流行について、考えてみたい。
現在の状況は、私に言わせれば、自転車に乗ることを
楽しんでいる人が増えているわけではない。
自転車に対してお金をかけ、嗜好品として楽しんでいる
人が増えている。
それだけである。

実際には、いま自転車に乗っている人たちというのは、
かなり高い収入を得ている人が多い。
そういう人が趣味の世界にはいるときは、
みんな、かたちからはいるのである。

要するに、最初から20万円以上のロードスポーツ車を購入し、
華やかなウェアに専用のアクセサリなどで飾り立てる。
グループツーリングというのは、あくまでも、
そういうのを見せびらかすための場であり、
決して、走るために集まるのではないのである。

これは、ひと昔まえのアウトドアブーム
通ずるものがある。山岳の上級者が買うような
高価なテントとシュラフ、あるいはチタン製の
シェラカップといった装備を揃えて、週末に
近場のキャンプ場でキャンプをする。
それは買い揃えた装備をみせびらかすためであった。

いずれにしても、そういったファッションショーのような場に、
純粋に自転車に乗るためのウェアと、長距離を走るための
自転車に乗ってあらわれた私がバカだったのだ。
要するに、カン違いしていたのであった。

では、次のページ。


自転車は旅をするための道具ではない

そう。
私のカン違いとは、「自転車は旅をするための道具」である
と思ってしまったことである。現在の自転車の流行について
そういうとらえ方をするのは、あきらかに誤りである。

私自身は、はっきり言って、自転車なんか、
好きでもなんでもない。
だから、自転車にお金はかけない。
そんなお金があったら、旅費にまわす。

大学時代に私が自転車で走っていたのは、単に交通費を
浮かすためにすぎなかった。じっさい、あのころの私は、
「自転車をこぐのはきついなあ。
クルマかオートバイに乗りたいなあ。」

と思っていたのである。そうしなかったのは、要するに
お金がなかったからである。

でも、そういう旅はとても楽しかった。

ゆっくりではあるが、自分の脚ですすんでいくのは
なんともいえない充実感があった。
私は、大学2年のとき、豊橋まで自転車で走ったことが、
自分の旅の原点であると思っている。現在、私が自転車に
乗っているのは、あの頃の旅の続きをやっている
からである。

しかしながら、いま、自転車に乗っている人の多くは
自転車で旅なんかしない。ていうか、みんな、自宅の近辺を
30kmか40kmくらい走って、それで終わりである。

そんな距離を走るのに、20万円以上のロードスポーツ車
なんて、本当は必要ない。あれは、あくまでも、競技として
自転車に乗っている人が、時速40km以上のスピードを出して、
1日200km以上、こぐための自転車なのだから。

とりわけ、本格的な競技につかうフルカーボンフレームの
自転車なんか、1回コケたらそれで終わりだから、
そんなもんで公道なんか、走れるわけはない。
いま、自転車に乗っている人の多くは、要するに
ブランドものの自転車を見せびらかすために
乗っているのであり、そういった意味では
コレクター
に近いといえよう。

はい、次のページ。


そしてひとりで走りはじめた

結局、私はひとりで走ることになった。

そりゃそうである。www

自転車に乗っている人は、たくさんいるけれど、
自転車で旅をする人は少ない。
だから、ひとりで走らざるを得ない。
当然のなりゆきであろう。

そして、これは私たち、偏差値重視の教育を受けた
世代の悪いところなのかもしれないけれど、
なにごとも目標を設定して、それを達成しないと
気がすまない。そういったことにより、自分を高める
ことができる、と教えられてきたからである。

ということで、私は自転車による日本縦断
目標に設定して走り続け、この6月に達成した。
つぎの目標は、当然のことながら日本一周である。

そんなやつと一緒に走りたい
と思いますか?wwwwww


結局、私はひとりで走るしかなくなったのである。

では、次のページ。


俺みたいになるな!

ということで、これから自転車に乗り始めるという方に
申し上げる。俺みたいになるな!と。
まずは、基本的なところから申し上げると、
自転車は走るためのものではない。

非常に現実的な問題として、いま、自転車に乗って
おられる方のなかで、1日100km以上の距離を走る人
なんか少ないから。そういう状況を、まず認識されてから、
自転車を買わないと、失敗してしまう。

で、どういう自転車を買うかであるが、
これについて言及するのは、オートバイとちがって、
非常にむずかしい。

「弱虫ペダル」という漫画があるが、主人公および
登場人物は、乗っている自転車のブランドにより、
キャラクターが設定されている。どんな自転車に乗るかは、
それほど重要な問題なのである。

それでも、ひとつ、おすすめをあげよ、というなら、
トレックを買いなさい。

トレックのブランドイメージは、現在の自転車界
のトップである。ランス・アームストロングが乗っていた
ことにより、現在の自転車乗りの憧れとなった。

ただし、トレックの廉価モデルは、コンポーネントの
質が落ちるので、なるべくなら、20万円くらいのモデル
を購入した方がいい。
(まあ、そんなに長距離を走らない人にとっては、
コンポの質なんか、どうでもいいことかもしれないけど)

おなじく一流ブランドとして、スペシャライズド
キャノンデールもあげられる。しかしながら、
スペシャは地味なイメージだし、キャノとなると、
自転車屋のオヤジにすすめられて買ったものの、
好んで乗ってる人は、あまりみかけないように思う。

ピナレロ、チネリ、コルナゴなどといった
イタ車に手を出すのは、初心者はやめた方がいい。
とにかく高いから。

いま、自転車の旅というと、火野正平さんが出ている
NHKの番組が有名であるが、彼の乗っているチャリオ
っていう自転車は、トマジーニというイタリアの超一流
メーカーの製品で、しかもフレームはバラ組みである。
フレームだけで30万円くらいするから。
おまけに、カンパニョーロというのイタリア製のコンポを
使っているから、総額で50万円くらいだろうか。

さすがはNHKである。視聴者からの受信料があるから、
予算は使い放題である。www


反省:
「ライフスタイルを表現する
ためのアイテム」という思想
についていけなかった


前述のように、私の反省点すべきとしては、
「自転車は旅をするための道具」であると思って
しまったことである。その理由は、最初に行った
自転車の旅が、とても楽しかったからであった。
いちどでも、その楽しさを知ってしまった者は、
そこから抜け出すのは困難である。

現代社会のすべてに共通しているのであるが、
モノというものは道具ではない。
自分のライフスタイルを表現する
ためのアイテム
なのである。

たとえば、ハーレーを買う人はオートバイを買って
いるのではない。“ハーレーのあるライフスタイル”を
買っているのである。

そこは、間違ってはならない。

道具として必要な条件は、まずは壊れないこと。
快適に使えること。そして、機能が同じであれば
安価なことである。
しかしながら、ライフスタイルを表現するための
アイテムとしては、そんなもん、重要でもなんでもない。
少々壊れようが、快適でなかろうが、あるいは、少々
高価であっても、そんなことは問題ではないのである。

もっとも重要なことは、記号性である。
それを持つことにより、自分はどう見られるのか。
あるいは、どのようなベネフィットがあるのか。
そういったことの方が、はるかに重要なのである。


結論:
人生、しくじらないためには、
発想の転換をはからなければ
いけない。


いま、ガソリンは1リットルあたり110円くらいである。
だから、高額なハイブリッド車を買っても、償却できない。
つまり、250万円のハイブリッド車を買うよりも、
150万円くらいのふつうのエンジンのクルマを買うほうが、
はるかに賢い。そんなことは、誰もがわかっている。

しかしながら、現実的には、いまや営業車でもない限り、
ハイブリッド車でなければ売れない。それは、一般的な
消費者にとっては、ハイブリッドという記号性が重要
であるからだ。

つまり、ハイブリッド車は「賢い」という記号であり、
それに対して、ふつうのエンジンのクルマは「貧乏」
という記号である。
実際には、ハイブリッド車に乗る人の多くは、私と同じ
大卒のサラリーマンであり、大して賢くはない。
けれども、だからこそ、ハイブリッド車を欲しがるのである。

ま、功利的に考えても、150万円も出して「貧乏」という
記号の商品を買うよりは、250万円出して「賢い」という
記号の商品を買った方がいい。少なくともおトクである。

そういった発想の転換をしなければいけない。

そういった意味では、安価なクロスバイクをドロップハンドル
に改造して乗るよりも、トレックに乗った方がいい。
本当に道具としての使いやすさは、クロスバイク改造車の
方がはるかに上であり、長距離を快適に走ることができる。
ロードスポーツ車は、慣れないとケツが痛くなるし、
23ミリのタイヤは、公道ではハンドルをとられまくる。

けれども、自転車に乗ったことがない人、あるいは自転車に
乗っていても、大した距離を走らない人にとっては、
そんなことはどうでもいいことだし、そういう人にとっては
クロスバイクなんて、貧乏人が乗るゴミにしか見えない。

それよりは、誰もが一流と認めるブランドであるトレックの
ロードスポーツ車を買った方が、はるかに賢いし、おトクである。
そのような発想の転換をしないと、人生、しくじってしまうから、
注意が必要であろう。



ということで、今回の記事のまとめであるが、
これから自転車に乗ろうという方は、買おうとする
車種について十分考えないと、しくじることになる。
また、乗ろうとする自転車が、どのような記号性を
持っているのか、よく吟味しないと、グループツーリング
に参加することもできなくなるから、注意すべきであろう。


追記1
大学2年のとき、ひとりでママチャリでロングツーリングに出た時点で、すでに、しくじっているのではないですか。
というご意見をいただいた。

→たしかにそうかもしれません。が、それだと、テキスト1ページで終わってしまいます。wwww

その方によると、「ふつうの大学生なら、夏休みには友人と遊んだり、彼女とデートしたり、あるいはクラブの合宿に行ったりするものです。なのに、たったひとりで自転車で旅に出た時点で、すでに、しくじっています。友人をつくろうとせず、多数派に所属する努力をしないで、ひとりでいることを選ぶとは、人として終わっていますね。」というご意見である。

まことにスルドい、ご意見であると思う。

しくじり先生 <オートバイ編>にも書いたけれど、私自身は、そもそも人間に対する興味が少なく、大勢のなかに混じって我慢しながら過ごすよりは、ひとりでいることを好む傾向がある。そういった意味では、もともと、しくじりやすい人間であることは事実なのである。

実際には、大学時代の私は、クラブやゼミに所属し、友人も多く、また、合宿にもちゃんと参加していた。それなりに充実した学生生活を送っていたのである。にもかかわらず、大学2年のとき、ひとりで豊橋まで自転車で走ったのは、「遠くに行ってみたい」という思いを、おさえることができなかったからである。

この方のおっしゃるとおり、この時点で、たしかに私はしくじっている。けれども、私は卒業と同時に、自転車を処分し、まっとうな生き方を選んでいるし、その後、35年以上にわたり、よき社会人、よき家庭人、よき父親として生きてきた。だから、あのときのしくじりは修正されている。

ていうか、若いころに、多少、しくじっても、それが許される余裕があるからこそ、人生はおもしろいのではないのか。

現在の私のしくじりは、若いころに得た価値観をひきずっていて、ライフスタイル、記号性、ベネフィットといった、いまの世の中の価値観についていけないことによる。今回の記事の意味は、若い人にとっては、少々難解かもしれないけれど、要するに、そういうことなのである。



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