So-net無料ブログ作成

和歌山~岡山 自転車ツーリング その1 [日本外周自転車の旅]

和歌山から岡山まで、自転車で走った。

okayama.gif
今回走ったコース

hyou.gif

●走行データ
  使用した自転車   ロードスポーツ改造車
  チェーンリング    44T-32T (2段)
  カセットスプロケット 11-34T (8段)




1日め 和歌山港駅~堺駅 約72km

2015年12月26日金曜日、午前8時。
私は南海電鉄和歌山港駅で、自転車を組み立てていた。
ここに来るのは、およそ5年ぶりである。
今回は、ここから岡山まで走ろうと思う。

まずは、駅前のループ橋をぐるぐると登り、
紀の川を渡る。河口からみる海の眺めは雄大だった、
紀の川を渡ると、新日鉄住金の大工場に沿ってすすみ、
国道26号線にはいる。すぐに左折して、
南海加太線(かだせん)とともに、加太をめざす。
加太は、大阪近郊では有名な海水浴場であり、
友ヶ島への航路が出ている。
最近では新鮮な魚を食べさせる店が多いことで、
注目されている。

加太をすぎると、山のなかへ入っていく。
大川トンネルという、やや長いトンネルをぬけると、
ふたたび海沿いの道になり、大阪府にはいる。
とっとパーク小島という道の駅で休憩した。
とっとパークとは、要するに魚釣り公園のことのようだ。
大阪の人は、釣りが好きである。

さらに北上し、多奈川、深日港(ふけこう)とすすむ。
深日港はかつて、徳島、淡路島へのフェリーが出ていたが、
明石海峡大橋の開通により、廃止されてしまった。

ふたたび、国道26号線にはいる。
岬公園は、南海沿線に住む人には、
おなじみの公園である。私も高石に住んでいた頃、
何回か、来たことがある。現在は新しい住宅が
たくさんできていた。
淡輪(たんのわ)、箱作(はこつくり)と、
めずらしい駅名が続く。さきほどの深日もそうだけど、
このあたり、読みにくい地名が多い。
樽井(たるい)駅のちかくで左折。
りんくうタウン方面にむかう。

りんくうタウンとは、関西国際空港の開業に
合わせて、大阪府企業局などが埋立造成して
できた新しい都市である。バブルの時代に
計画されたものであるから、その計画は、
かなり大きな変更を余儀なくされている。
すこし早いけど、ここで昼食にした。

rinku.jpg
りんくうタウンにて


午後0時ごろ、りんくうタウンを出る。
大阪府立大学りんくうキャンパスの前を通る。
なんだか、大学というよりも、IT関係で急成長した企業
の本社のような建物だな、と思った。
いま、大阪府立大学と大阪市立大学を統合して
「大阪都大学」にしてしまおう、という構想があるらしい。
中途半端である。
どうせなら、大阪大学に統合してしまえば、
OB、OGの反対もないと思うのだが。

貝塚、岸和田、泉大津と大阪湾沿いに走り、
私は大阪府道29号線をはなれて、
高石(たかいし)市内に入っていった。
前にも書いたけど、私は小学校5年から中学3年まで、
高石市に住んでいた時期がある。かつて、私が住んでいた
ところが、いま、どうなっているのか見てみたかった。

高石小学校の前を通り、南海本線の踏切の手前を
右にまがる。高石駅の西がわは、なんとなく、
昔の雰囲気が残っている。
コロナという写真屋さんには、小学6年生の頃、
天体写真を撮っていたので、ネオパンSSSの増感現像
をたのんでいたな。
高石駅の東がわは、変わりすぎていて、まったく
わからなかった。

母校である高石中学に行ってみようと思った。
が、町が変わりすぎていて、さっぱり道がわからない。
むかしは田んぼだったところが、
すべて住宅地になっているからである。
ようやく高石中学を見つけて、正門の前に立ってみた。

なんだか、あまり変わっていない。
正門を入った左手が、軟式テニスのコートになって
いるのもかわっていなかった。その奥が体育館。
中学時代の3年間、私はあそこでバスケットボール
の練習に明け暮れた。

1年生で入部した当時、私は身長はそこそこあったけど、
特別に足が速いわけでも、体力があるわけでもなかった。
だから、毎日毎日、シュートの練習を重ねた。
上級生の練習が終わってから、1日200本、シュートを
投げていたのである。そのため、着実にシュートが
うまくなり、1年生の秋には、上級生にまじって、
試合に出られるようになった。

いま考えると、スポーツ推薦で進学することを
めざしていたわけでもないのに、なんで、あんなに
熱心に練習していたんだろう、と思う。
あのエネルギーと時間を勉強にまわせば、
もっと上位の高校、大学に行けただろうに。
つくづく、バカなことをしたものだと思う。

ま、人間ってのは、後悔するようにできている。
また、青春時代に多少、失敗しても、それが許される
余裕があるからこそ、人は生きていけるのだと思う。

takaishi.jpg
母校である高石中学の正門にて

高石市を出てから、国道26号線を北上して堺市に入り、
午後3時ごろ、南海本線の堺駅に到着。
駅前にある駐輪場に自転車を預け、堺シャトルバスで
南海高野線の堺東(さかいひがし)駅に出て、
富田林市にある家内の実家に戻った。
(つづく)


共通テーマ:旅行