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岡山~玖波(くば)自転車ツーリング その5 [日本外周自転車の旅]

岡山から広島県の玖波まで、自転車で走った。

3日め  尾道~呉  約83km

前回よりつづき)

午前11時、道の駅たけはらに着いた。
竹原は、江戸時代前期に塩や酒づくりで栄えた。
豪商の屋敷や由緒ある寺が美しい町並みをつくっている。
ほかの観光客の迷惑とならないよう、自転車を押して
町を見学する。重要文化財である松阪(まつさか)家住宅
の前で写真をとった。

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道の駅たけはらにて

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重要文化財松阪家住宅の前で


さらにすすむと、竹原市歴史民俗資料館という洋館があり、
その前に竹鶴政孝・リタ銅像というのがあった。
NHKの朝の連続ドラマ「マッサン」のモデルとなった夫婦
である。

私はテレビをあまり見ないので、
「へー、あの夫婦、竹原出身だったのか。」
と思った。
考えてみれば、醸造について、なんらかの知識、技術が
なければ、ウィスキーをつくろうなんて思わなかっただろう。
だから、竹鶴政孝が竹原出身で、家業が酒蔵を営んでいた
ことは自然なことである。
マッサンを見ておられた方にとっては、ここは有名な聖地
なのかもしれないな。

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竹鶴政孝・リタ銅像


竹原を出発。さらに、国道185号線をすすむ。
正午になった。
どこからか、ヴェルナーの野ばらのメロディのチャイム
が聞こえてくる。つい、心のなかで歌ってしまう。

♪ 童(わらべ)はみたり
 野なかのばら
 朝(あした)の野辺に
 清(きよ)らに咲ける
 飽かずながむ
 紅(くれない)もゆる
 やさし野ばら


野ばらには、よく知られているように、
シューベルト版とヴェルナー版があるが、
日本では、どちらかというとヴェルナー版の方が
好まれているように思う。私自身はヴェルナー版の
「紅もゆる」のところのD→G→F#m→Bmと展開する
コードの流れが好きである。

野ばらは、小学校高学年の音楽の授業でかならず
習う曲だけど、その歌詞(訳詞)は、その人の年代とか、
使われた教科書によって、多少、異なるようだ。
私自身は上の歌詞で習ったけど、いやオレは違うよ、
とおっしゃる方も、少なからずいらっしゃることだろう。


午後2時30分、仁方(にがた)に着く。
JR呉線の仁方駅で、飲み物を買って休憩した。
そして、ちょっと考えてから、駅からすこしはなれた
ところにある、仁方桟橋に行ってみた。
じつは、もう、40年以上も前になるけれど、
1977年の夏、私は、ここから四国にわたった。
国鉄時代の仁堀(にほり)連絡船があったときである。

仁堀連絡船は、呉線の仁方と予讃線の堀江をむすぶ
航路であった。しかしながら、その存在については、
たとえ鉄道ファンであっても、ご存じだったという方は
ほとんどいらっしゃらないと思う。

利用者は、当時からほとんどいなかった。
仁方港から出港したのは、午前中と夕方の2便のみ。
そんな不便な航路を、いったい、誰が利用するというのか。

あのとき、私は四国ワイド周遊券を使って、東海道本線、
山陽本線、呉線を乗り継いでここまで来て、堀江にわたった。
夏の暑い日だった。
仁堀桟橋と書かれた建物は新しくなっていたけれど、
船が着くバースには、見覚えがあった。
結局、仁堀連絡船は1982年7月1日に廃止された。

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仁方桟橋にて


瀬戸大橋、しまなみ海道の開通により、本州と四国を
むすぶ航路は、年々、すくなくなっている。
2009年6月には、安芸阿賀と堀江をむすんでいた
呉・松山フェリーも廃止になった。
2009年3月に1,000円高速が開始されると、
その約1ヶ月に廃止を発表。3ヶ月後には廃止という、
あっという間の決断だったな。www

長いあいだ、赤字ぎりぎりでがんばってきましたけど、
1000円高速の開始で、一気にやる気をなくしましたわ、
という感じであった。
呉・松山フェリーは、料金が1,600円と安く、夜遅くまで
あったので、結構、便利だったんだけどな。

(つづく)

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